[Episode 1] ハンコは怖い!
「文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。」(民事訴訟法228条1項)
「ここにハンコお願いします」、「ハイ(押印)」、日常、よくある光景ですが、うっかりハンコを押すと、あとあと大変な目に遭うこともあります。
Aが、「半年前に貸した1000万円を返せ。」と主張してBを訴え、これに対してBは、「カネなど借りていない。」とか、「すでに返した。」と主張して争っているとします。
このケースでは、誰の、どの主張が本当なのか、それによって、Aが勝つのか、Bが勝つのかが決まるということは明らかです。では、何が本当か、この判断のための資料となるのが証拠です。
例えば、「1000万円借用しました。」というB名義の借用書などの「文書」があれば、「カネなど借りていない。」というBの言い分は嘘っぽく、「貸した1000万円を返せ」というAの主張が認められそうです。しかし、この借用書のほかに、「1000万円受領しました。ただし、借入金返済のため。」というA名義の領収書があれば、「すでに返した。」というBの主張に分がありそうです。
もっとも、いくら借用書や領収書があっても、誰かが偽造したものでは話になりません。このため、借用書や領収書などの「文書」を証拠として用いるときは、冒頭に掲げたように、「その成立が真正であることを証明しなければならない。」(民事訴訟法228条1項)のです。
このときは、Aは、借用書は、真実、Bが作成した文書だということを、まず、証明しなければなりません。「成立が真正」とは、その文書が、作成者の意思に基づき作成されたという意味です。
では、それをどのようにして「証明」すればよいのでしょうか。そこで登場するのが、民事訴訟法228条4項の「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。」という規定です。これがあるので、「ハンコは怖い!」のです。
次回は、民事訴訟法228条4項について説明します。
「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。」(民事訴訟法228条4項)
「真正に成立した」とは、その文書が、作成者の意思に基づき作成されたという意味です。「推定」とは、甲という事実があれば、乙という事実があると一応、判断するという意味です。ここで「一応」と断ったのは、乙という事実は存在しないという証明がなされると、甲という事実があっても、乙という事実があるとは判断しないという余地があるためです。
話しを文書成立の真正に戻しましょう。上に示した民事訴訟法228条4項は、「本人又はその代理人の署名又は押印がある」(甲という事実に相当)ときは、私文書は「真正に成立したものと」一応、判断するといっているわけです。
AがBに、「半年前に貸した1000万円を返せ。」と主張し、Bが「カネなど借りていない。」と争ったので、Aが、B名義の借用書を証拠として提出したとします。このとき、Aは、この借用書という「文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。」(民事訴訟法228条1項)わけですが、この借用書に、B「本人又はその代理人の署名又は押印がある」なら、民事訴訟法228条4項によって、この借用書は「真正に成立したものと」一応、判断されます。つまり、Aは、借用書の「成立が真正であることを証明しなければならない」という負担から解放されるわけです。Aにとっては、ありがたいことです。
とはいえ、この借用書は、本当は偽造文書で、「真正に成立したもの」ではないということもありえます。しかし、このときは、Bが、「真正に成立したもの」ではないことを証明しなければなりません。Bにとっては、迷惑な話です。証明も簡単ではありません。
だから、安易にハンコを押すと、後で大変な目に遭うことがあるのです。ハンコは怖いのです。このことは、また次回に説明します。